October 5, 2016

私の故郷熊本へパエリアを持ってお見舞いに行ってきました。

みなさんこんにちは、この4月からスペイン料理ラマーサでキッチンをやっております、
溝田未来です。
今回はみなさんのご支援をいただき 10月1日と2日の二日間 熊本までパエリアを焼きに行ってまいりました。



バハルボールに入社するために熊本から京都に出てきて、衝撃を受けたのが4月14日の熊本地震でした
友達の実家は潰れ、ライフラインは全て止まり、母は怖くて家のなかで寝れないと毎日車で寝る生活を1ヶ月近くしていました
恩師は地震をきっかけに家を建て直すことになったと聞きました。
 私の大事な故郷の方々が苦しんでいる声を何度も耳にしました、毎日故郷の事がニュースで報じられる旅に涙が出そうになりました。
ある日、弊社の会議の中で熊本の支援について議題が上り、パエリアバスが東北地震の支援をきっかけにつくられたパエリアバスで熊本の被災地へパエリアバスで行くことができないか、どうすれば故郷に元気づけられるのかを社長の木下に相談をしました。



今回手伝っていただいたのは、熊本の常盤学園という私の卒業した母校の恩師の方々と後輩たちです。 
宮本校長先生に相談を持ちかけると快く一緒に活動をしてくださるとのことでした。卒業してまだ間もないのですが、私とってすごく心強い頼れる恩師の佐々木先生と一緒に仕事ができると思うと勇気が湧いてきました。
それからスケジュールを調整し何度も話し合いをかさねました。
 なんとか2日間御船町と益城町でボランティアをさせていただくことができることになりました。


4月から半年たち町の様子がどれくらいのものなのか想像できぬまま、阿蘇をこえ町にはいりました
阿蘇に入ったときに感じた違和感は牛がほとんどいないことでした
いつもの日常がまだ損なわれている状況なのが地元の人間にはわかるなぁと思いながら町に近づくなかで主要道路の近くは空き地がかなり目立つことに気づきました
2日目一番避難している方が多い益城町の避難所にいく道を通ったとき崩れているまま放置されている建物がまだまだ多くありました。被害のひどい地域は1メートル地盤沈下をおこし、何度も続く余震で後からどんどん崩れた建物がいくつもあるのだということでした






















「ありがとう」「パエリアおいしかねー」
パエリアを焼いて被災者の方々とふれあうなかで、「ありがとう」「パエリアおいしかねー」と暖かい笑顔をいただきなんだかこちらが元気を逆にいただいているような気分になりました。

地元の高校生が自分たちも被災者なのにパエリアの配布を飛び入りで手伝ってくれました。
配布終了後、パエリアが無くなってしまい、受け取れなかったというお年寄りに自分たちの分のパエリアを、譲ってあげている姿を見たときに助け合いと暖かさをなくしていない熊本の強さを感じました。


ボランティアをやりとげて今、来年も続けていきたいとの思いと自分たちにこれからどんな支援のありかたがあるのか考えて行かないといけないと思います。
また今回母校の仲間たちと今の仲間とボランティアをやれたことを嬉しく思いました。
人の思いが新たな繋がりをつくっていく、被災地の方々にとの思いがひとつになったときに強い絆を感じました。
私はひとりの料理人として今回ボランティアに携わりました
しかし来年再来年熊本で炊き出しのボランティアが求められるかというとまた違ってくるのも事実だとかんじています
その時にボランティアとはまた違う形で料理人として熊本が元気になるイベントを作っていけたらと思っています
熊本が元気になるまでそういう活動に携わっていきたいと今回参加させていただいて思いました。
今回応援してくださった皆様、支援活動に協力してくださったに皆様に心から感謝致します。 本当に皆さんありがとうございました。

株式会社バハルボール スペイン料理ラマーサ 溝田 未来